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藤田孝郎会員    
ブラジル出会い旅2 ブラジル出会い旅1へ
−8月18日−
 今日からブラジル観光の始まり、向かうは赤道直下
アマゾンの街マナウス。
サンパウロより4000km、北。日本の端から端までの
何倍だろうと考えるだけで気が遠くなる。
サンパウロより飛行時間4時間弱。この街はアマゾン
河の中間位に位置する州都である。河巾は広いとこ
ろで30km。伊勢湾が丸呑みされる。人口は200万、
航路を生かした工業都市である。今は冬季であるが
気温は20度〜25度、湿度も低い。夜は少し寒さを覚
える。まさに赤道直下の冬を味わう。
 立派なボディラインの女性がやたらと目に付く空港。
S氏・K氏・Fだけの旅の始まりかと心細く、小さめの体を意識しながら貧弱にひょこひょこと歩く。
ところが我々を見つけて旗を振ってくれる人がいた。この人こそマナウスの観光プロ東さん。通称『ヒロ』さん。
真っ黒に日焼けした眼光の鋭い人だ。その指の太さは逞しく節だらけである。3人分の手荷物を軽々と牽い
ていってくれる。ヒロさん64歳、石川県の白山地方出身とのこと。10歳のとき両親と一緒に移民し、このアマ
ゾンのゴム園開拓に入植したという。文字通りのジャングルの中を、斧一丁で20cm〜30cmの木を切り倒し
切り開いていったという。来る日も来る日も開拓。それをしないと平地ができないという。ジャングルの木の実
ツル、水は豊富にあり、飢えることはなかったらしいが、やっと平地にして、5年も経って作物ができない土地
だと見届けると、又次の土地に移りジャングルとの戦いが始まったらしい。政府は日本もブラジルも開拓は自
由に任せてくれたが、成功の保障はしてくれていなかった。指やその節々の逞しさは当たり前のことだ。
開拓とは、我々の想像を絶する苦難の道であったのだ。彼の身の上を聞くと辛く重苦しいものを感じて涙する
が、そんな過去を持つヒロさんは、今はペンション風の観光宿も経営し、且つ超人気者、著名人ガイドとして
ガイドブックにも載せられているという。嬉しい気分でマナウス開拓成功者の誇らしげな彼の顔を改めて見つ
めなおす。
 彼の案内車に乗り込む。海かと思われるぐらい広々
としたアマゾン岸辺には市がたち、果物、野菜、芋、豆
の山・山・山である。魚は床板いっぱいに並べられて
その場でさばいて売る。肉は丸ごとぶら下がっていて
ナタでたたき切って売るのである。とにかくすごい。
それぞれが自分の食物を売らんとして、威勢のよいあ
るったけの声を張り上げている。しかし、特有のものす
ごい人間の臭気は、これは一体何であろう。
 こんな大きな市場も一日経つとほとんど売れてしま
うという。すごい人間の胃袋だなあと感嘆する。この豊富な食料は近隣の農家、牧畜を営んでいる人たちが
運んでくるという。人間の生きる営みの深さを感じさせてくれる。
 この後の観光は、協会とオペラハウスであった。
 宿に戻ったのは16時頃、遊びながら疲れるというのは、働いている人に失礼だと思うが、さすがに連日だと
遊んでいても疲れる。頭が朦朧としてきて、所かまわず腰をかけ、ため息をつく。16時入宿は我々の限界を
知ってヒロさんが送り届けてくれたのであろう。
 マナウスはポルトガル領だったとはいえ、スペイン・イタリー・ドイツ等の混血の文化地。ここトロピカルホテ
ルもスペイン調であった。K氏は日本風英語を流暢に話し、ボーイにいろいろ案内されている。一人心細そう
にしている私をひとりのボーイが部屋まで連れて行ってくれた。部屋内の調度品などの取り扱いを一生懸命
説明してくれているのだろうが、私に分かるはずがなくフンフンと頷いて、ころあいを見計らってOKと言って
やると、怪訝な顔をしながらも出て行った。私も何がOKか確認しようもなく不安だが、多分ボーイの方も不安
に思っていたことであろう。
 不案内な外国旅行の宿は5星に限る。安心を買うのである。20〜30分仮眠タイムとなっているが、手荷物
のうちから着替えを出し、薬を出し、必要なものを確認して、自分の行動を自らチェックして無事生きているこ
とを確認しているとあっという間に30分くらい経ってしまう。
 19時、レストランでの食事はバイキングである。とにかく大変なご馳走で憂鬱になる。20時過ぎ頃からドカ
ドカと客が入ってきた。日本人と違って外国人は食事時間が長く、これから23時頃まで飲み、食べ、語らい
が続くらしい。だからあのように太った体になっていくのだろう。
−8月19日−
 20日早朝6時には目が覚めてしまい、庭に散歩に出た。小さな動物園になっている。ジャガーが寝そべっ
ていたが餌が十分なのであろう、こちらを向いても吠えもしない。あの生還でしなやかに飛んでいくような走
り方の面影もない。環境でどうにでもなるらしい。人間にもあてはまるだろう。
 鳥達が、キャッキャッ、チュンチュン大きな檻の中で鳴いていた。部屋に戻って洗濯をして、今日のアマゾン
散策のスケジュールを確認した。
 出発前、K氏が日焼け止めクリームが欲しいと言ってきたので、昨日店で買い求めたものを渡すと、トイレ
の洗面所でぬって真っ白になって戻ってきた。自分もそうかなと思うとおかしくなったが、S氏K氏は、まあい
いやと言いながら少し自嘲気味に化粧して出発の用意もできた。
 一同、港に行く。すでに和船が待っていた。周りに
50〜100人乗りの観光船も止まっていたが我々のボ
ートは5、6人乗り、小型だがものすごい馬力らしい。
舟を動かしてくれるのは、地元の気の良さそうな青年
生まれて初めてアマゾン河を行く。向こう岸がかすん
でいる。うわー海だ!波がある!岸壁の高さが10m
はありそう!
 河に浮かんだガソリンスタンドがある。自動車が道
を走るようにここでは船の給油所が必要なのだ。所々
に船台がいくつも見えて造船所があり、1000トンクラ
スの船までここで作っているという。穀物の荷揚げデッキもある。四日市近辺を思わせる工業地帯である。
 マナウスの海岸の風景は、ヒロさんが説明してくれる。いよいよヒロさんの指示で船は原始の森に向かった
今までの大河から一転、絵で見ていたヤシの木やツルの茂った森の中に入ってきた。河巾は30mあるだろ
うか、『開高健アマゾンを行く』コーナーになってきた感じだ。ここは雨季になると半分位が水没するという。
船首に立って偉そうに周りを眺め回してみた。
ワニもいるし、ピラニアもいるという。船を止めてピラニ
ア釣りを教えてもらう。牛肉の塊を針金のようなもの
につけて入れる。ググッときたら1m位しゃくりなさいと
教えられてその通りやるが、何度やっても餌をとられ
てしまうか、植物の根を引っ掛けたり、一度だけナマ
ズを吊り上げた。どうしてナマズはピラニアに食べられ
ないのかと聞いてみたら、ピラニアは血をだしていな
いものは食べないのだという。子どもたちもパンツ一
丁になって水浴びしている。このうえなく自然と仲良
しの子どもたちだ。この世の姿なのか絵本の世界なのかと見とれているうちに、ピラニア釣りもうまくなって、
10数匹も釣っていた。
 帰りには原住民の家に寄ることになった。舟を浅瀬
のツルにからませて、陸地に上がっていく。子どもた
ちが4、5人、大人が2、3人いた。誰もがヒロさんと顔
見知りらしく、慌てた様子もなく迎えてくれた。子ども
はパンツをはいているだけ。母親だろうか、古いムー
ムーらしきものを身につけていた。
 男二人は父親と息子らしいが、作業所らしきところに
腰掛けていた。我々がやってくるのを待っていてくれ
たのではなさそうだ。犬が一匹用心棒としているだけ
で、畑作をし、支流で魚をとって日の出から日没までの生活をしているのであろう。ガスも電気もない。
 ここは他に集落はなさそうだが、母親はヒロさんからお金を貰っていた。一応お金の生活にも通じているの
であろうが、このように見物に立ち寄る私たちを、どう考えているのだろうか。集落はなさそうだが、他の人と
のコミュニケーションはあるのだろうか、などと心配になる。
 帰路は浅瀬から勢い良くアマゾン本流へ、はるか遠くの岸辺で水浴する人たちに手を振りながら少しいい
気分になった。

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